おさんぽブログ
東京都美術館で「刺繍―針がすくいだす世界」が開催中。近代から現代まで、5名の刺し手たちが針と糸で紡いだ多彩な刺繍の世界を巡ろう。
2025.12.6
東京都美術館では、上野アーティストプロジェクト2025「刺繍—針がすくいだす世界」を2026年1月8日(木)まで開催しています。布地などに針で糸を刺し、縫い重ねる手法によってかたちづくられる多彩な造形と表現に注目し、平野利太郎、尾上雅野、岡田美佳、伏木庸平、望月真理の5名の刺し手による約100点の作品を展示。また、コレクション展「刺繍がうまれるとき—東京都コレクションにみる日本近現代の糸と針と布による造形」を同時開催し、近代から現代までの刺繍を巡る営みに触れることができます。
5人の作品が、知られざる刺繍の造形世界へ誘う
上野アーティストプロジェクトは、「公募展のふるさと」とも称される東京都美術館の歴史継承と未来への発展を図るため、公募展に関わる作家を積極的に紹介するシリーズです。2017年より毎年異なるテーマで開催し、9回目の今回は、「刺繍」という針と糸による造形に注目します。刺繍は布の補修や強化、再生として、装飾や信仰のためのものとして世界中のさまざまな地域で行われてきました。日常の手仕事から高度な技術を追求する職能、美術作品として取り扱われるものまで、刺繍には多様な側面がありますが、一心に針を動かす行為から生み出される造形の豊かさを示すのが本展です。活動した時代やアプローチもさまざまな5人の作家それぞれの表現がこれまで知らなかった刺繍の奥深い世界へと導いてくれます。
会場は、都美術館のギャラリーA・C。順路に沿って、昭和初期から活動した平野利太郎、戦後婦人雑誌で人気を博した尾上雅野、現役で活動する岡田美佳と伏木庸平、96歳まで精力的に活動した望月真理。5人の作家の造形世界をたどってみましょう。
地下2階と3階にあるギャラリーA・Cで開催中。
熟練の技法から生まれる精緻な表現
平野利太郎(1904~1994)
江戸の刺繍職人の家に生まれ、景色や植物など身近なものを題材に伝統的技法に基づきながら革新的な表現を追い求めた作家です。10代の頃より日本画、古典工芸や染織デザインを学び、昭和初期から帝国美術院展覧会などを発表の場とし、時代を代表する刺繍作家として活躍しました。モチーフを写生して図案化し、題材に合わせて糸を染め、撚り方を決めるというプロセスで生み出される作品は、皮革などの素材を取り入れたものも。精緻な表現からモダンな感覚のものまで多彩な世界を見せてくれます。
平野利太郎「サボテン」(部分)1955年 町田市立博物館蔵
細心のステッチが生み出す絵画的世界
尾上雅野(1921~2002)
幼少期から親しんだ西洋刺繍をベースに、麻地に羊毛の毛糸を大胆に刺し、風景や人物などを表す「フリーステッチ」を考案。1950年代から婦人雑誌などで活躍し、日本手芸普及協会の会長も務めた作家です。風景の中で人物や動物が躍動する大型サイズの刺繍画は印象派の絵画を思わせますが、作品に近づくと布目をすき間なく糸が埋めているこがわかり、作家の針と糸の動きが目に浮かぶようです。細心のステッチが生み出す大らかで自由な造形を堪能しましょう。
尾上雅野「秋」 1974年 公益財団法人日本手芸普及協会蔵。
糸と針が織りなす豊かな日常の風景
岡田美佳(1969~)
生まれつき他者とのコミュニケーションに困難を抱えながら絵画や縫物など創作の才能を発揮。22歳の時に安野光雅の『旅の絵本』に触発され、刺繍画を生み出して以来制作した作品は400点以上を数えるそう。作品のモチーフは自作の料理や自然の光景、動植物などで、糸と布以外に絵の具で陰影や柄を描くほか、ビーズやマニキュアで輝きを添えることも。本展では50点の作品を展示。陽光が射しこむ木立や、朝食やティータイムの光景など連作シリーズのような作品はあたかもそこにいるかような感覚をもたらしてくれます。
岡田美佳「ハーブの庭」1996年 作家蔵
針と糸を動かす行為そのもので自己を表現
伏木庸平(1985~)
生活の一部として布に針を刺していく。5人の中でも異色といえる刺繍作家です。布に刺繍をほどこし、日常で使用した「雑巾」の連作や、針と糸の運動が立体を形づくるものなど刺繍の概念をくつがえす作品が並びます。なかでも2011年頃から現在進行形で刺し続ける巨大な作品「オク」は会場で一際異彩を放ち、見る人を圧倒します。つくることをめざすのではなく、自分の奥底に流れる時間や感覚を確かめるかのように日々糸を刺し続ける―作家の精神が伝わる濃密な体験を堪能しましょう。
伏木庸平「こもんべべ」(部分)2023~2024年 作家蔵
ベンガル地方の針仕事を独自の表現に昇華
望月真理(1926~2023)
古布を重ねて刺繍をほどこすベンガル地方の針仕事「カンタ」。補強のための地縫いがもたらす凹凸と陰影に魅了され、古いカンタを入手して構造や刺し方、そこに宿る祈りの精神を学んで独自の刺繍作品へと昇華させた作家です。日常や旅先で出会ったものをスケッチし、インドや韓国の伝統手法や日本の刺し子を取り入れ、衣服やさまざまな布製品にカンタをほどこす。50歳を過ぎてからカンタに出会い、96歳で亡くなるまで取り組んだ作品の数々に魅了されます。
望月真理「象は森の王様」2020年頃 個人蔵
コレクション展「刺繍がうまれるとき—東京都コレクションにみる日本近現代の糸と針と布による造形」
ギャラリーBで開催中のコレクション展では、東京都江戸東京博物館、東京都写真美術館、東京都現代美術館の所蔵品から「刺繍」や「刺子」と呼ばれる糸・針・布による造形物とそれに関連する資料を時代ごとに4つの章に分けて紹介します。女子美術大学工芸専攻研究室が所蔵する明治末~昭和初期の学生たちが制作した「刺繍画」や戦時中の千人針など貴重な資料も展示。学びや職能として、祈りを込める行為としての刺繍を知ることができます。また、現代を代表するアーティストによる刺繍を取り入れた作品も見どころです。開催期間は「刺繍―針がすくいだす世界」と同じで、鑑賞は無料です。
青山悟「Map of The World」 2014年 東京都現代美術館蔵
髙田安規子・政子「ジョーカー」 2011年 東京都現代美術館蔵 Photo: Ichiro Otani
上野アーティストプロジェクト2025「刺繍―針がすくいだす世界」
Ueno Artist Project 2025: Embroidery―Expression of Life from the Rhythm of a Needle
| 会場 | 東京都美術館ギャラリーA・C |
|---|---|
| 期間 | ~2026年1月8日(木) |
| 休室日 | 12月15日(月)、12月22日(月)~2026年1月3日(土)、1月5日(月) |
| 開館時間 | 9:30~17:30 金曜日は9:30~20:00 ※入室は閉室の30分前まで |
| 料金 | 一般800円、65歳以上500円、学生・18歳以下無料 |
| 問い合わせ | 03-3823-6921(東京都美術館) |
| HP |
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